ライフ・オブ・パイ専用ザク格納庫

映画ライフオブパイの超長編ネタバレ/その他映画のレビュー/あと気がむいたときに羽生くんを応援

SEIMEIとシルクロードと五芒星

【SEIMEI】

《小説:陰陽師》の作者:夢枕獏さんが、90年代に雑誌「ダカーポ」にエッセイを連載してまして、その中に板東玉三郎さんのお稽古を見学したときのエピソードがありました。
劇の通し稽古の途中、どうしてもすんなりセリフがでてこない箇所があり、思案したあげく、玉三郎さんはセリフの一部をほんの少し変えて解決した、という内容だった?と…

あやふやな記憶では、「しかし」を「だが」に変えたくらいの、意味はほとんど同じような変更。
その ほんのちょっとの差が、気が合う、呼吸が合わないということなのであろうか??? 当時はそんな風に曖昧に把握していました。


羽生結弦選手がSEIMEIの曲の冒頭に、自身の息を吸う音をかぶせているのを知って、道を究めようとする人はジャンルは違えど、呼吸というものに無頓着ではいられないのだなと過去の記憶がよみがえり、確認のため、そのエッセイを単行本で読み返したら、予想外にSEIMEIに関連が深い内容だったので、引用掲載します。

夢枕獏氏が脚本を書いた新作歌舞伎《三国伝来玄象譚[さんごくでんらいげんじょうばなし]》

★板東玉三郎さんが主役の沙羅姫
中村勘九郎さんが、相手役の蝉丸
中村橋之助さんが安倍晴明

あらすじ

時の帝 村上天皇が大事にしていた唐渡りの琵琶(玄象)が、ある時、何者かによって盗まれてしまう。盗んだのは沙羅姫。
夜な夜な羅城門で玄象を奏でる沙羅姫のところに、陰陽師安倍晴明が玄象奪還にやってくる。
沙羅姫はそもそもは天竺の姫であり、宮中の楽人と恋に落ちたことから、国にいられなくなって、唐の都の長安まではるばる逃げてきた…という背景がある。

上演されたのが1993年なので今から見に行くのは無理である。『三国伝来…』の台本を収録した単行本もあるというところまではggったが
まだストーリーは読めてない。


詳細は後述ということで逃げるが、安倍晴明の活躍した時代は、シルクロードを通じて世界の文化が日本に流入してきた日本の国際化 第一陣である。ということを指摘したい。

沙羅姫の恋物語と、安倍晴明との対決は、夢枕獏氏の創作であるし、『陰陽師』とはまた別の世界であるが、

陰陽寮は天文や算術、理知の領域で、決してあやふやな迷信や魔術の領域ではない。
五芒星は世の実相が螺旋であることを示し(螺旋はアウフヘーベン)、六芒星はさらに二重螺旋であることを示す。
ついでに言えば、コンパスを使って正五角形の書き方を見いだしたのはピタゴラス。正五角形の各辺を延長させた交点までが五芒星。ピタゴラスって、あの「ピタゴラスの定理」のピタゴラスですよ。幾何学の。
ピタゴラスのアカデミーの生徒たちは、そのこと(正五角形すげーだろ)を誇りとして、正円に五芒星を校章として身につけていたそうです。

シルクロードの果ての天竺、さらに西域の中近東からガラス器なども宝物として極東の島国にやってきた時代。陰陽師が魔物退治に頼りにされたのは、生きるのに困難な、魔に囲まれたような闇から、理知に救いを求めたがゆえでありましょう。式神の「式」は数式の「式」。

護符や魔方陣や九字の印を迷信だと馬鹿にするのではなくて、迷信にすがってでも何とか生き延びたい、幸せになりたい。生きるのがなぜこれほど困難なのか? その問いに答えを求めて知恵のある人に助けを求めた。それは世界各国の普遍であろうと思われます。読み取るべきは各国各時代 生きるための必死の願い。

そして、平安時代に世界中から届いた英知や技術や命の表現の集大成を、今、日本から世界に発信する。
オリンピックにこれ以上ふさわしいプログラムがありましょうか?

かねてより羽生選手は、「和のプログラム」であることをアピールしていたけれど、単純に和の楽器だから、平安時代の物語だから、という浅い理由ではないように思いました。


つづく

だって、玉三郎さんの呼吸の話、まだ全然書いてないもんね。
急いでハナシのつかみだけ書いたのは、アンチがまた「プロ持越し〜」と騒ぐだろうからです。
オリンピックだからこそSeimaiなんだってば
















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熟成塩漬け原稿


【悪魔の鏡】

アンデルセンの『雪の女王』のプロローグに、悪魔の鏡の話があるのですが、子供向けの絵本では割愛されることが多いので、知らない人もいらっしゃるかもしれません。

雪の女王』は、地上の悪魔たちが退屈しのぎに悪魔の鏡を作るところから始まるんです。
その鏡に写すと、美点が逆転して欠点に写ります。じゃあ欠点は美点に写るのか? というとそうではなくて、ほんのちょっとでも欠点があれば、ものすごく誇張されて写る。
目元のチャームポイントの泣きボクロが、顔全体を覆う醜い痣になって写る的な。
要は、どんな美しい人でも、感じのいい表情の人でも、みんなみんな、醜く不快な人間に写るというヤな鏡です。

悪魔たちは地上のあらゆるものをこの鏡に映して、嘲笑三昧ではしゃいでいましたが、ある日「この鏡で神様を映したらどんな風に見えるだろう?」と思いついて、皆で鏡を担いで天に昇って行きました。
天上界に咲き乱れる花々も醜く汚い枯れ草に映る、麗しい天使たちも爆笑モンの変顔に映る、神のおわす高みまでもうすぐだ、もうすぐだ、悪魔たちはワクテカで昇って行きましたが、次第に鏡がミシミシ軋みだして、あと一歩のところで、神々しい光に耐えかねて、鏡は粉々に砕けて地上に降り注ぎ、悪魔たちは地に落とされました。
んで、砕けても鏡の機能はそのままなので、このカケラが目に入ってしまった人間は、悪魔の鏡を通してものを見ることになってしまう。カケラが心臓にささった人は、悪魔の鏡のように世の中すべてを醜くて価値が無いものだと感ずる。美点はすべて曲解・反転。ものごとの欠点は針小棒大に拡大して認識する。
(神様後始末雑杉)

カイ少年は賢い子でしたが、優しい子でもあったので、幼いゲルダの面倒をよくみて、遊び相手になってあげていました。いつものように二人が庭で遊んでいたとき、カイが「あっ」といって、目と胸を押さえ、ゴミが目に入ったような痛みはすぐおさまったものの、はい、悪魔の鏡のカケラが目と心臓に入ってしまったんですね〜。
それ以来、カイはゲルダをウザがるようになって、いちいち、幼い者の言動をバカにして見下すようになってしまったんです。
そんなとき、雪の女王の橇が通りかかり、「賢そうな少年だこと」と誘われるままにカイは女王についていってしまって、ゲルダはカイを探しに旅にでる。

結構、前振り長いんですよ。

で、いろいろあって、艱難辛苦、ゲルダは女王の宮殿にたどりつくけれども、カイはゲルダに見向きもしない。氷のパズルを解こうと夢中になっている。女王が留守の間に出していった宿題で(知育パズル?)、「パズルを解くことができたら全世界をお前にあげよう」という約束なので。
氷の床にすわって、手足冷えきっているのでゲルダがさすってあげても効果なし。どうしていいかわからず、ゲルダが泣きながら主の祈りを唱えると、涙がカイの目と心臓のカケラを流し去って、カイは正気にもどる。
パズルの氷片がキラキラ踊って、自動で収まるところに収まって、パズルも完成。
んで、二人で故郷へ帰ってハッピーエンド。

アンデルセンは熱心なクリスチャンなので、宗教色が強い勧善懲悪の話が多いです。
私もいい加減すれっからしなんで、無垢な幼女の祈りと涙で呪いが解ける、みたいなハナシはさすがにケツがこそばい感じがするのですが、ええい黙れ! 無垢な力を舐めたらたらあかんのじゃー

悪魔の鏡が、辛辣な批評家達の暗喩であることは言うまでもない。
アンデルセンという人は、真面目すぎて神経質で、見た目もイケてないタイプで、童話で認められる以前は、戯曲や外国の詩の翻訳を書いていたけれど、酷評嘲笑ばかりだったそうなので、色々思うところがあったんでしょう。

まあ…つまりアンチってのは そういう生き物なんですよ。目にも心にもカケラがグサグサ。
反省するとか、誤解を解くとかの機能がはじめから搭載されていないスペック。まっすぐな性格のファンが、誤解を解こうとルールとか説明してあげても、貶したいから貶してるだけなので時間の無駄なんだわな。


この【悪魔の鏡】の項は、実は2014年秋、ファントムの頃に書いたものです。金メダルの快挙にも関わらずネットでの誹謗中傷に呆れてキレて。ソチにわかの私にとっては信じられない書き込みの数々でした。

けど、「なにを言っても無駄!」な相手に字数費やすのが段々虚しくなってきて、しかも上海のあのアクシデントでなにも手に着かなくなり、中断したまま3年塩漬けw

このまま自己ボツでいいかなと思っていましたが、昨日(2018/02/16)のノーミスSPのあとでも、アンチは元気いっぱい平常運転なので、書き足してupすることにしました。




>『私は否定する霊です』
というのは、ゲーテの《ファウスト》で、悪魔メフィストフェレスが自己紹介の時に言うセリフ。

平安時代にも、そういう輩は跳梁跋扈していたのでしょうね。いつの時代にも。















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誰も聞きたがってない婆さんの思い出話

注)ものすごくくだらない内容です。

前回、四年前の大雪画像upしてから、そー言えばこの頃はまだ羽生くんのファンになってなかったんだなー と思い出すことしきり

こんなにも走馬燈が花びら大回転だと余命いくばくもない気がしてきて、後代のために書き記しておこうかと。


あれは2013年の晩秋? 晩飯後 洗い物しながら、報ステのスポーツコーナーを観るとも無くつけっぱにしていたら、なんか病弱そうな線の細い選手が特集されてまして、喘息で苦しくて、息が出来なくて、このまま死んじゃうのかと思った とか暗い過去を語っていたのを記憶しています。
ただ、その時は洗い物しながらのテキトーな視聴だったので、私は喘息と肺炎と風邪をまぜこぜにしてしまって、あったかくしてればイイのになんで寒いとこでスケートやるんだろ みたいなさめた温度で。
ほんで、その…………私は、てっきり、この子はそういう『枠』で取り上げられた選手なんだと勘違いしてしまったのです。
ほら、よくあるでしょう? なんかしらの事情とかハンデやビハインドを背負って、仕事の合間に少ない時間をやりくりしてトレーニングしている市民アスリート とか、シングルマザーだけど周囲の協力に支えられて次の国際大会をめざしています的な。
スポーツってこんなに素晴らしい! 喘息だけど、僕 スケート頑張ってます!

………という。そういうポジションだと勝手に勘違い

あの時点では、私は羽生結弦という選手が、どれほど高い評価と実績を勝ち得てきたヒトなのか全然知らなかったんでございます

昔っからフィギュアスケートの中継観るのは好きで、伊藤みどり選手が三回転バンバン跳んでた頃から、ザッピング→あ、スケートやってる、観よ♪ な かんじの温度ぬるめな、それでも一応ファンのつもりでした。
けど、長らく遠ざかっていて赤丸急上昇のメダル候補の名前も知らなかったんだから、そんなんじゃ真のファンとは言えない!と叱られるかな。
人の為と書いて偽のファンですw



それから程なくして、また晩飯後の後片付けの最中に、今度はいきなりゲイリー・ムーアが聞こえてきて、なんで今時分 報ステゲイリー・ムーア? 何事!? とパニクったら、あっ、あの喘息の子じゃん、「はにゅう」という名字は印象に残っていた。まだまだボケとりゃせんぞぅ
二度目の邂逅で、羽生選手は『枠』とかじゃなくてガチのメダル候補なのだという子細は飲み込めたのだが、にしても、なんであんな若い子がゲイリー・ムーア???と謎は深まるばかり。
あの子絶対 誰か悪い大人に騙されたんだ。と思いました。当時は。
きっとコーチの趣味なのねー。とか


純正の羽生ファンにとっては、パリ散はまさに「羽生選手の曲」なのだと思いますが、横道から入ったオバサンには「ゲイリー・ムーアの曲」で、ほんっと〜にあの曲でオリンピックに出るつもりなのかと半信半疑。

だってさ〜、80年代に「将来、オリンピックでゲイリー・ムーアが流れる」って予言しても誰も信じなかったと思うの。

ちなみに私が持ってるパリ散の音源は、グレッグ・レイクがゲイリーと組んでツアーしてた時期のライブアルバム。グレッグがVo入れてるパリ散。

んで当日、
オリンピックの大舞台でゲイリー・ムーアが流れる異次元空間を見届けて歴史の証人になるのだ〜と意気込んでみたものの、睡魔に負けて熟睡。
なのに、明け方、羽生選手の滑走直前にバチッと目が覚め、あの新記録SPとキスクラでのガッツポーズをみることができました。
ごめんなさい。もう二度と あの喘息の子 なんて言わない。

あどけなく華奢に見えても鋼の細マッチョで荒ぶる若武者。
なるほど、これが若い世代の言うギャップ萌えというヤツか。
ゲイリー・ムーアのパリの散歩道でギャップ萌えに出会ってしまいましたよオバサンは。

とはいえなかなか素直になれない年頃なものですから、
「か、勘違いしないでよねっ ゲイリー・ムーアが聞きたかっただけなんだからねっ」
…………………………………<中略>…………………………………




で、現在に至る














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四年前 も 大雪


四年前? 四年前? って何かなかったっけ?

四年にいっぺんのなんか大きな大会があったよね?
ほんで日本男子初の快挙を成し遂げたヒト いたよね?

その直前の2014/02/08


これのどこが大雪かと雪国の方々に笑われてしまうでしょうが、東京でここまで積もるのはめったにない。ので写真に撮っておいた


んで今回も、


四年前を思い出しながら、「五輪雪は縁起が良いのだ〜!」 と自己暗示。
未来は明るい!


フレーフレー