ライフ・オブ・パイ専用ザク格納庫

映画ライフオブパイの超長編ネタバレ/その他映画のレビュー/あと気がむいたときに羽生くんを応援

JW2炎の王国→『地獄に墜ちた勇者ども』

【貴族の食卓】
 
『JW2 炎の王国』のオープニングのロゴと『地獄…』のイントロがリンクしています。

『地獄に墜ちた勇者ども』はドイツの鉄鋼財閥エッセンべック男爵家が舞台。

鉄鋼財閥ってことで映画の幕開けはどろどろに溶けた溶鉱炉の映像、それが冷えて 鍛えられ、貴族の食卓を飾る美しい銀器、白磁、ガラス器に変貌を遂げる。
今日は当主ヨアヒム・エッセンベック男爵の誕生祝い。会食の準備で使用人達はあわただしい。というところから始まる。 
 
十九世のイギリスの批評家マシュー・アーノルドによれば、
貴族は「バーバリアン」、大衆は「ポピュレス」、資本家や商人を「フィリスティン(古代パレスティナ人の意。善悪度外視で利益のみを追及し死の商人となった。蔑称として「俗物」。) 」
西洋における貴族とは、もともとは剣をふるい血を流してでも欲しいものを手に入れてきた、そういう種族から生き残った流れ。時代が下って、流血沙汰にもつれるのを避けて、華美な衣服や経済力で下位のものとの差をしめすようになる。

『山猫』では、バーバリアンの面影が鳴りをひそめ、欲望の強さより、謹み深さが上品で貴族的な態度となってしまった。

そこんとこをおさらいするように、『地獄に墜ちた勇者ども』では灼熱のマグマが冷却のときを経て貴族的な美しい価値あるものに変貌するさまが冒頭でえがかれる。

『JW2 炎の王国』の「炎」は単に火山の噴火という自然現象だけではなくて、「 欲望」を意味する。 地球の中の、熱、力、それらがすべて冷えて固まったときは、地球は何も産み出さない死の星になる。
火山の噴火という自然現象だけを近視眼的に見れば、命を奪う厄災に映るが、地球誕生以来のスケールでとらえると、命の源と言えよう。

ヴィスコンティは『地獄に墜ちた勇者ども』の冒頭で、煮えたぎる欲望のエネルギーが-、冷えて固まる年月も待たずに、鍛えられ磨かれることもなく、コントロールを失って世界に溢れだした結果を示唆している。

ジュラシックワールド2 炎の王国』では、欲望につき動かされ、制御不能で外に暴れ出した炎の産物が、これからどうなるのかな、というところで「続く」となるのですよ。

だから、恐竜とは遠く離れてしまうけれど、『地獄に墜ちた勇者ども』に言及します。

おのれ~バヨナめぇぇぇよくもこんなめんどくさい謎解きだらけの映画をベースにしやがつて私になんか怨みでもあるのか~~~


JW2がちっとも終わらないので、パイレビューの続きに取りかかれない、ごめんよ、レイフ・スポール。ミルズは憎たらしかった。化けるタイプの役者さんだったのね~

マシュー・アーノルド云々はこの本から

イギリス人の表と裏 (NHKブックス)

イギリス人の表と裏 (NHKブックス)



続く

Jw2→ヴィスコンティつながりで『山猫』

【山猫】

とりあえず『山猫』から。
イタリアのサリーナ公爵家が舞台。
サリーナ家の紋章がLeopard(山猫)。
主人公の公爵を演じるのはバート・ランカスター
いいガタイしてるんですわ これが。
大貴族で 、もう中年だから、配下の者を顎で使って、自分は何もせんで、デブデブでダブンダブンになっててもおかしくないのに、戦国武将みたいな鍛え上げた体。あの時代の貴族(武将)ってどんな風にトレーニングしてたのかな。青年将校の頃なら教練があるだろうけど、誰に言われなくても、剣の稽古が日課になってんのかしら。

時代背景は、幕末~明治維新みたいな“色々あった”時代。
日本でゆうたら、大政奉還とか、廃藩置県とか、内戦、内紛、etc.
それを大貴族の立場からとらえた。

監督のルキノ・ヴィスコンティはミラノの大公爵ヴィスコンティ家の出身で(長男ではないので爵位は継いでい無い)、ルキノ・ヴィスコンティだから描けた本物の貴族文化と言われる。

ぶっちゃけ、ヴィスコンティにとっては、あれが“ぼくんち”というわけだ。

詳しくは、Wikipediaや、著名評論家の著作をご参照あれ。民間でできることは民間で、WikipediaでできることはWikipediaで。

サリーナ公爵家は架空の設定だが、サリーナさんちでは街の人々と連れだって教会へ出かけたりしないのだ。
お城に礼拝所があって、日曜日には専任の神父がやって来る。
そういう“ぼくんち


さておき。


大きな政治的変動とは別件だが、日曜の夜、公爵は、馬車で神父を街に送りがてら、馴染みの娼婦に会いにゆく。
神父は立場上、「罪深いことはおやめください」と説教をはじめるが、公爵は断固として、妻への不満をぶちまける。
「私は身体頑健な現役の男だ。ベッドに入る前に十字を切り、絶頂のときはマリア様と叫ぶ。そんな女で我慢できるか!
私は!
女房の!
へそを見たこともないんだぞ!!!
それでも我慢して七人も子供をつくった…」

なんかもー、血を吐くような魂の叫びですなあ。

こう言われては神父も返す言葉もなく、
「………お察しいたします…………」

娼館に到着すると、豊満な女性か「ああ、私の公爵様!」熱烈歓迎。


さておき。


サリーナ公爵家では夏の恒例として避暑地の別荘に出かける。政情不安だからと止める者もいたが、泰然自若、世間の騒乱に動じず、公爵家は避暑地へ。

大大名の参勤交代みたいなものかのう。


で、公爵には お気に入りの甥がいる。タンクレディ(アラン・ドロン)

公爵の娘(の1人:長女)コンチェッタは、タンクレディに想いを寄せている。公爵夫人もこの縁組みを早くまとめてほしいと夫にせっつくが公爵は乗り気ではない。

避暑地に到着すると、村長のドン・カロジェロが挨拶に出迎える。  
この夏も世話になるけどよろしく頼むよと、公爵は村の主だった者を招いて会食。
その席で村長の娘:アンジェリカとタンクレディが恋に落ちる。 アンジェリカの気を引こうとタンクレディが下ネタをかますと、アンジェリカは大爆笑。
コンチェッタや公爵夫人達は眉をひそめ、んまあ おはしたない みたいな。

ジュラシック・ワールド2 炎の王国』のクレアの爆笑とリンクしてるのはここです。

このシーンはヴィスコンティ監督の“押し” のシーンのひとつでもあるようで、『山猫』の公開前の予告フィルムにも使われている。

先の公爵夫人のベッドマナーの話と相まって、下ネタに対する上流婦人と平民女性の対比。コンチェッタも へそ見せてくれなさそうだもんな。

公爵がタンクレディとコンチェッタのカップリングに乗り気ではなかったのは、娘が内気で控え目で、才気煥発なタンクレディの伴侶が務まるかどうか、という心配と、野心家のタンクレディが出世するには金がいる、公爵家の財産は子供達で七等分せねばならないから、それではタンクレディに十分な援助ができない、という財の話。
アンジェリカの父親カロジェロは村長(平民)だが大変な資産家である。「村長さんは村一番のお金持ち」とかいうほのぼのしたレベルではない。いわゆる “新興ブルジョア”。
抜け目ない土地取引で、あたり一帯の土地と収穫農産物を一手に治め…云々
公爵がタンクレディの後ろだてとなって縁談を進め、カロジェロは莫大な持参金を申し出る。

で 、二人の縁談はトントン拍子。

ちなみに小学生のころの私は、「英語で貴族のことブルジョアって言うんでしょ?」 という認識だった。どのみち縁がない世界だし。
だが、上には上が際限なくあって、小金持ちは中金持ちをうらやみ、中金持ちは大金持ちを妬み、大金持ちは貴族との越えられない壁に歯噛みする。
そういう世界。
だった。のが。

ベルバラのアンドレの懊悩を思うとまったくイイ時代になったもんじゃ のう婆さんや。
貴族と平民の越えられない壁だつたもんが、越えられちゃうんですよ。
サリーナ公爵の生涯を縦糸に種々の出来事を横糸に、政治的転換期のあれこれが海面の大波小波だとすると、タンクレディとアンジェリカの結婚は満潮干潮のような歴史の大きなうねり。公爵は急に老いを感じ、台頭してきたブルジョアジーのエネルギーを取り入れる必要を痛感する。
あまりにも上品に洗練された貴族の枠の中で繰り返される婚姻に、公爵が苦言を呈する場面も。これもヴィスコンティだから描けた台詞だろうな。平民の映像作家だと貴族を妬んでの誹謗中傷だと取られかねないもの。

貴族とブルジョアジーの婚姻というところが『地獄へ墜ちた勇者ども』とリンクしてるわけですが、ただし順接ではなく逆接。

続く



『山猫』は、直接JW2には関係無いんだけど、『地獄…』を語る上で外せないので、ずいぶん長くなっちゃった。クレアの大爆笑はヴィスコンティつながりを強調するためだろうけど、

JW2→七人の侍、他、盛り沢山

【雨天決闘】

ジュラシックワールド2 炎の王国』の中で、印象深いシーン、盛り上るシーンは数々ありますが、屋根の上の決闘はバヨナ監督の力がこもってて見ごたえがあります。
つまり作家としての作意性、組み立て方。

雨 降ってます。にわか雨。

オークションに客が集まってきた頃や石頭大暴れで客達が逃げ出した頃もまだ雨は降ってない。
インドラプトルとの決闘シーン限定で雨。

これは黒澤明監督の『七人の侍』がベース。

黒澤監督が 『七人の侍』を撮るにあたって、
「(本場ハリウッドの)西部劇に負けない大活劇をつくろう ………西部劇には雨がない、野武士達との決戦のシーンは雨にしよう。」
という流れだったそうで、(これは昭和の映画ファンにはわりと有名な話)
それを踏まえて、バヨナ監督は雨を降らせた。
というか、ロックウッド邸を北カリフォルニアに設定したんだと推察します。
メキシコ近くの南カリフォルニアだつたら雨は降らない。ほぼほぼ。
んで、ほかの土地なら雨は降ってもあたりまえ。
降りそうで降らなさそうで、でも、北カリフォルニアならたまに降ってもあり得ない話じゃないよね、って 絶妙なコントロール

話はそれるけど、鳥山明先生の『ドラゴン・ボール』で、悟空さが青年バージョンで登場する天下一武道会でも雨降ってましたね。DB初雨。
(原作漫画のほう。アニメは観てない)
インタビューによると、雨降らせると定規使わなきゃならなくてアシスタントさんが大変だから、今まではずっと晴天ばかりで、でも、ここいちばんの悟空さ再登場を印象付けようと、雨にした、のだそうで、ジャンルは違えど、巨匠は天候ひとつ取ってもおろそかにせんのだなと感服いたしましたしだいです。


屋根の上の決闘だから、雨では滑りやすくて危険度UP、観客ハラハラ という効果も無論ある。

が、この場面は、インドラプトルの象徴性や、巨匠へのリスペクトのほうが比重が大きいのでお見逃し無きよう。

以前、この作品のレビューのしょっぱなに、上下の移動、カメラワークがミソ、と書きましたが、こころに止めてくれた人いるかしら。



続く





続いた

【 はじめてのお外 】


インドラプトルは屋根のてっぺんで雄叫ぶけど、あれ、わ~い お外だ~ ってはしゃいでいるのかと思うとかわいいな 。

インドラは『エイリアン4』のニュ・ーボーンを踏襲してますよね。おぞましいのに妙になつきたがりで、うっかりすると“かわいい”と思ってしまうあたりが。


このシーン、アラ探し的に見ればおかしいんです。
ずっと狭い檻の中で飼育されていたのなら距離感が形成されないから暗殺獣にはなれません。
 『ジュラシックパーク 1』のヴェロキラプトル達や『ジュラシックワールド 1』のインドミナスレックスのエリアみたいに、狩りを学ぶためには十分な広さが必要た。

これは作品の“欠点”とみなすのではなくて、
映画の制作者側は、暗殺獣の飼育なんて本気で計画していない
と読むべき。

描こうとしているのは、生物兵器に暗殺を仕込んで、それを商品化しようとしている奴らの姿なんです。

で、上下の移動ですが、インドラプトルは地下から屋根まで上がってきて、壁を(Gみたいに~)上から這ってメイジーの部屋に降りてくるんです。

そのシーンのカメラワークはぐるっと一回転。
下からインドラが壁を登ってくるように見せかけて、実は上からでしたー、と印象付ける演出。

あれだけの大きさ&重量のあるインドラが、ヤモリやG みたいに、垂直の壁を上から下に這い降りてくるなんてあり得ないんです。 
それをあえて、カメラ一回転させてまで強調しているのは、作り手が、インドラを架空の、邪悪の象徴として描こうとしているから。
Tレックスヴェロキラプトルもライオンも狩りはするし、恐ろしい肉食獣だけど、邪悪ではない。
人間の手が加わったハイブリッド種とはそこんとこが違う。 
ターゲットを指定されれば、理由も問わず執拗に追い回し、どこまでも追い詰めて殺す。『激突』のトレーラーのように。

ジュラシックワールド』にタイトルが変更されてから登場したハイブリッド種の恐竜は、一部のレビュアーにはずいぶん不評みたいなんですが、スピルバーグ監督は、子供達が大好きな恐竜を悪者にしたくなかったんだよ。たとえ肉食のおっかないTレックスアロサウルスでも。
肉食獣が狩をするのは、彼らにとつて必要なことだからであって邪悪ではない。獲物になるのは嫌だけど。

それとは裏腹に、草食だから安全・フレンドリーとは限らない。(シノケラのおばさん   いい人だったけど)
火山の島からみんな必死に逃げ出すときは、草食竜の巨体だって脅威だ。現存する牛や馬だって、豚の群れだって、暴走したら力石つれてこなけりゃ収まりがつかんのじゃ。

再三 繰り返される「人間と恐竜は共存できない」っていう一貫した主張。今回は人間を喰わない草食の恐竜でも例外ではない、という描きかたをプラスアルファ。
肉食獣は規制して、草食はお咎め無しで牧場で飼育、とかにはならんと思います。

にもかかわらず、ハイブリッド肉食を遺伝子操作して暗殺獣として商品化するとか、オークションで売るとか、学習能力ないのか あいつら。

そんな色々な含みを持たせた今回のインドラとの決着ですが、クライマックスのガラスドームから墜落するシーンが象徴性の白眉。  

しつこく繰り返すけど、ガラスも鉄線も踏み破る重さのインドラが、Gみたいに壁を這い降りたりしませんから。(Gだったら飛ぶし、天井を逆さに這い回ったりするわけで)
オーウェンの銃もダメージ与えられないくらい頑健なボディだし。

それと、物語の中での設定ではどうなってるのか詳細は不明だが、あのドーム、まったくの新築にしては脆すぎる。アメリカの古都フィラデルフィアあたりから、年代物のアールデコのドームを解体して、北カリフォルニアで組み立てた、とかじゃないのかな。所詮 金持ちの道楽よ。
前世紀の遺物。ベンジャミン・ロックウッド老そのもの。

クレアはロックウッド老から手を差しのべられて、これで恐竜達にも明るい未来が…、と安堵していたが、あのガラスドームは、結局は、恐竜の重みに耐えられない、キレイキレイなお花畑の理想に過ぎなかった。ってことじゃないのかな 。

そのほか、あのロックウッド邸に舞台を移してからは、巨匠の過去作からの引用や含みを持たせたシーンが多くて、くっそおぉぉバヨナめぇぇぇ盛り込み過ぎなんだよもぉぉぉ(牧場かっ)   ぶーぶー。


次は、いよいよヴィスコンテイの『地獄に墜ちた勇者ども』です。まだ未観賞の人は観といてください、できれば。
最初っからネタバレ全開でとばしますから。 
あと、『地獄…』を語る上で外せないので、同じくヴィスコンテイの『山猫』にも触れます。

本作『ジュラシック・ワールド 2 炎の王国』のはじめの方で、クレアとオーウェンがプールバーで一杯やるシーン、

クレアがフロア中に響きわたるようなけたたましい笑い声をあげるでしょう?
あれ、『山猫』でアンジェリカ(クラウディア・カルディナーレ)が笑う声とそっくりなんですわ。偶然かな。

できれば、できれば、できればー『山猫』と『地獄に墜ちた勇者ども』観といてくださいねー。どっちも名作です。

『山猫』はともかく、『地獄…』は、おもいっきり鬱展開なので、(だ~れも幸せになれない)、せっかくのG・Wにオススメするのは人としてマチガッテルのではあるまいかと思いはしたが、連休後の5月病のシーズンやさらに梅雨入り後はもっと不適切かと。  

今年、年明けから3~4月ぐらい、(今も?)連日ニュースで鬼畜親に殺された被害児の件、報道されてましたが、『地獄…』も、どうしようもない毒親の話なんで、ずっと、ブログでは別件を更新しつつ、早く話を進めたいなぁと思っておりました。

死ねよ毒親
『地獄…』では、ラスト、見事にくたばりやがります。あのシーンだけはスカッと爽やか。


続く

4月09日~4月20日のテヘペロ

次の中から最も“大したことない”ケガはどれか。
①自転車でコケた。
②自転車から墜ちた。
③自転車で転んだ。
④ダルマさんが転んだ。

③だとな~、大したこと無さすぎて、そんなくらいで病院くんなって言われそう。
担当医の先生も、「どうしました?」「自転車で転びました」というやりとりでは、生きているのがイヤになってしまうかも。

大袈裟に言えばいいってもんじゃないが、できるだけ正確に、と思うと、単に転びましたでは伝わらない。

羽生くんの演技中の写真で、フライング・キャメルスピンに入るとこ、あれほとんど空飛んでますよね? ミッション・インポッシブルみたいな。あの状態で、右顔面から着氷、もとい着地したと思ってくれ。痛ぇ。

もちろんご本人はそんなしょもない墜ち方はせーせんのだが私はするのである。現にしたわけだ。
いまだに何をどうすればああなるのかよくわからんが、膝から下は全く無傷。右体側(乳付近肋骨)打撲。右大腿部打撲、歩道と車道の段差に倒れこんで右腿をしたたかに打ちつけ、自転車押してなんとか帰宅したものの、その晩は右腿に漬物石でも仕込んだみたいに硬く腫れ上がり、まともに歩けなくなった。寝返りは論外、身じろぎ不可、咳くしゃみ厳禁。痛ぇ。

二日安静にして腫れがひいて病院に行ったら肋骨にひび入ってました。くっそ~スペアリブのくせにぃぃぃ ………無茶しやがって

ほんで、病院までの行き帰り、自転車に乗るのはまだ怖いので徒歩で、右左右左…と、均等に、リズミカルに脚を運んでいるぶんにはいいのだが、だんだんリズムが というがテンポ? が狂って、ぐらぐらするとてきめんに痛みが走る。痛めた右肋骨、上からしたまで。
修行中の禅僧みたいに、雑念が入ると“気”が乱れるみたいな、アスリートやバレリーナが軸を外す、軸が乱れるとか言うのはこういうことなのか。
軸なんてものが、自分にもあるとは思わなんだが、正中をはずした動き、崩れたバランスを立て直そうとして体幹にちょっとでも余計な力みか入るとダメなのだ。
何歩かにいっぺん、痛みで軸の存在を自覚する通院であった。痛ぇ。
軸ーーー! お前こんなところにいたのかー!!! みたいな。
生き別れの軸と想わぬ再会をはたし、その晩は酒を酌み交わしながら互いの身の上話に花が咲いたのであった。

だから、自転車で転んで膝小僧擦りむいちゃいましたぁテヘペロ という程度のケガでは無かったんでございます。

なんか、こう、自転車で転んだ、よりも、もうちょっと、実状に即した形容表現はないものか。
あ、あと左手小指、折れてました。しょぼ。

痛ぇよぉぉぉ。
でも羽生くんなら、こんな痛み ものともしないで、自己ベスト更新しちゃうんだろうなー それを思うと恥ずかしい。





令和一発目の貴い教訓:

フライング・キャメルスピンは顔から降りたらダメだ

気が向いたので

こないだ 羽生くん応援ブログをハシゴしてたら、4月20日(土)に羽生くんが来日? 何かの式典で? とありまして、大ファンの皆様におかれましてはとっくに周知かと思われますが、
仙台に来るの? パレードとかじゃないんでしょ今度は?
(私ときたら、いまだこんなレベルだ。)
行かれる予定の方はどうか楽しんできてください。

んで、お役にたちますかどうか、仙台から在来線(東北本線)で南へ約30分のところに 仙台銘菓『萩の月』の工場直売店があるのですって。
詳しくはこの記事。

●検索ワード「DPZ 萩の月 アウトレット」

デイリーポータルZというネットマガジンの記事です。
週末のみ営業、朝9:00~ 人気の萩の月は、早く行かないとすぐ売り切れてしまうそう。
なにしろ定価の約半額ですからね。

夜行バスで行くと、朝7時とか早すぎる時間に到着してしまって時間潰すのに苦労したことありませんか? お店どっこも閉まってるし、チェックインもまだずっと先だし……

若かりしころ某観光地で通勤客のオジサン達に混じって駅前の立ち食い蕎麦屋で時間を潰したものですが、実に虚しかった。

工場直売の萩の月を朝から爆食する贅沢と比べたら雲泥の差ではないでしょうか。
もっと早く知っていたらなぁ

両の頬袋にパンパンになるまで萩の月を詰め込んだハムスターやリスちゃんが大挙して応援に駆けつけたら仙台はきっともっと可愛い。






浅緋と深緋も萩の月は好きかな。
>ふわふわじゃ
>まんまるじゃ
とかって


追記:東北新幹線で仙台に向かう方へ
福島銘菓「エキソンバイ」もおいしいよ。車内で売ってたら是非。
萩の月」も「エキソンバイ」も県外不出の銘菓だから、東京じゃ売ってないんたよね~



羽生くんそっちのけで、かわいいお菓子の話ばっかりでごめん

書き足しました

前回(2/22)の記事に、書き足してあります。


はにうくん がんばえー

はにうくんのまわりに、いつも よい風がふいていますように


クワドラプトルとか、けじめのないことを口走る前に、
いったん中断

JW2→ヤング・アインシュタイン→ジョーズ

【『ヤング・アインシュタイン』】

ヤング・アインシュタイン Young Einstein  1988年作品

これも、私は当時(日本公開1990年)パルコ劇場まで観に行った。
ユーロスペースとかパルコ劇場とか、結構 攻めてたのか あの頃の私。
渋谷パルコの6階だか7階だかの催事場ですよ。そこにステージ、スクリーン、パイプ椅子を並べた客席、今思えばチープな空間だったけれど、当時はパルコってだけで、なんかドキドキした。
 ほんで、そのころは ぴあってまだ紙雑誌で、その紙面で褒めてたの。だから興味持って観に行ったの 。
 
内容は、むっちゃクオリティの高い大学映研の自主制作映画って感じ。
細野不二彦先生の『あどりぶシネ倶楽部』みたいな、素人っぽい自由さと、大手の注目をも集める完成度、両方。

あどりぶシネ倶楽部 (ビッグコミックス)

 
今回は、Jw2との関連で書いてるわけですけど、 それが無くとも楽しめるオススメ作品なので、いつかレビュー書いたろと思っていた 。

 サントラCDも中古DVDも購入して、気持ちアゲたいときにはよくお世話になってたから、世間的にはレア物件でも、ワタシにはお馴染みの作品だった。
 
だもんで、JW2のエンドロールのあのシーンを観た瞬間、『ヤング・アインシュタイン』を連想したが、いやいやいや作風が違い過ぎるでしょって、一回目は自己否定。
二度目観賞時、ラストシーンのマルコム博士の演説で、初期の原子力利用の楽観視について述べていましたね。だから繋がった。私の早とちりじゃなくて、バヨナ監督、観てますね、『ヤング・アインシュタイン』。

 『ヤング・アインシュタイン』 のエンドロールは、カミオカンデで観測されるクオークもかくや という無数の粒子の飛来、ぶつかりあい。
物質は、時間は、命は、我々は、どこから来てどこに行くのだろう…と、そんなことを考えて いつまでも観ていたくなる映像なんですが、
それをアレンジしたJW2のエンドロールは、病み爛れた赤黒い火の粉が際限もなく降りかかる、ベクレルでエンガチョなワールドでした。

あと、JW2の劇場用パンフの表紙はホログラム素材で、パッと見、派手な虹色に幻惑されますが、よく見るとエンドロールのあの火の粉があしらってあり、『ヤング・アインシュタイン』との関連は外せないようです。
ほんで裏表紙の左下には可愛らしいお手々が…





【芋づる式の『ヤング・アインシュタイン』】

芋づる式っていうと 犯人グループが…とか、あまりイイ意味に使われませんけど、

日本では、ほとんどタイトルさえ知られていないこの作品が、なぜJW2に結びつくのか?
掲載した『ヤング・アインシュタイン
(えぇぃ、めんどくさい、以下『YE』)
のジャケ写は、
バック・トゥ・ザ・フューチャー
(めんどくせえぇぇぇ、以下『BTTF』)
と、雰囲気似てませんか?


『BTTF』のドクは、実在のアインシュタインにあわせたイメージである点は、すでに多くの人が指摘してますし、

デロリアン、動力は原子力ですし、

そして、『BTTF』の監督はロバート・ゼメキスですが、制作総指揮はあの御大です。

御大の作品で原子力と関わりのあるものと言えば?

そう、『ジョーズ』ですね。

鮫漁師の船長の、ヒーロシーマ ボム のくだり、忘れちゃった?  忘れちゃった 人はもう一回観よう。

第二次大戦末期、ナチスドイツが原爆開発に着手した、という報告を受け、慌ててアメリカに亡命していた科学者たちに召集がかかる。
ナチスが崩壊したので、完成したアメリカ製原爆は、広島と長崎に…、というながれなので、アインシュタインとは切っても切れない関わりがある。

でも、それを言ったら、第二次大戦を扱った作品はみんな『YE』に関連あり になってしまうし。

そういうこじつけ無しで、推察すると、『BTTF』を観たヤッホー・シリアス監督が、『YE』を撮り、デモテープ?とかをスピルバーグ御大にアピールしたんじゃないかな。そのほうが蓋然性が高い。

それよりも、『ジョーズ』を何度か観直すうちに、金子光晴の『鮫』のイメージじゃないかな、と。

金子光晴 (ちくま日本文学全集)

『鮫』は、欧米列強が有色人種の国々を餌食にしてゆくさまを怒りを込めて綴った長編詩で、第二次大戦前夜に書かれた 金子光晴の 代表作のひとつです。
“鮫”は、もちろん比喩であって、列強の軍艦(潜水艦?)、圧倒的な武力、苛烈な侵略、人間の非道、etc.
…決して現実の海洋生物を コロセー、と主張しているわけではないのです。

ジョーズ』も同じ。

スピルバーグの突出した才能で、鮫はもう怖くて怖くて、身の毛もよだつほど。
けど、そのせいで、映画が大ヒットしたあと、鮫狩がブームになったそうで、鮫にとっては受難でしたね。スピルバーグが鮫の駆除を奨励したわけでもないのに、人間を襲う心配もないような、小型のおとなしい鮫まで殺られた。
………
●●●●●●●●●●●●●

という内容を以前2~3ヵ所のwebサイトで読んだことがあって、ソースは はっきりさせとかなと改めてggってみたのだが…あれ? 無かった。見つからない。どうしよう。wikipediaコピペで楽勝だぜと思っていたのだが、うむぅ…

まあ、つまり、そういうことです。(なにがじゃ)
だからそれはそれとしてだね、(だからなにがっ)うるさい黙れ てゆーかー そーゆーことばっかいってると友達一人もいなくなっちゃうよぉ?

ソース行方不明だけど、今じゃスピルバーグは鮫の保護団体に多額の寄付をしてるって話なの。ソース不明ですけど確かなスジからの情報ですぜダンナ。

んで、JW1からJW2へのクレアの転身はこれがベースにある。

作中、ミルズ(レイフ・スポール)が「所詮お前達も俺と同じ穴のムジナだ」みたいなことを言って、クレアとオーウェンを責めたてますが、あれって偽善者が善人をバッシングする常套句だわ。
スピルバーグも鮫の件で幾度となく言われてきたんだろうなー

一度でもあやまちを犯したら悪人確定、今さら善人ぶるなよ みたいな言い方するヤツいるけど、ノーミスかどうかで善悪決まるわけじゃないもの。

取り返しのつかないあやまちというのは確かにある。殺された鮫は生き返らない。だから 今さら何やってもむだか? 
というとそうではなくて、
同じあやまちを繰り返さない、被害の拡大を防ぐ、軌道修正するetc,  できることはまだある。
クレアは火山の島から脱出するときは、こらえきれずに泣いてしまったが、いつまでも涙を引きずらない。今できること、やるべきことに集中する。
これ見よがしにいつまでも人前で泣いて見せるヤツは、
こんなに泣いてるんだからもう私を責めないでちょうだい
 みたいな、保身のためのアピール泣きで、実は全然 反省してないよね。

オーウェンも、始めはミルズが指摘するように、功名心とか承認欲求? 要するに手柄立てたかったんだよな? だからブルー達の調教にあたったわけだけれど、情がわいてしっかり絆できてるし。
それに「おれがボスだ」とか言ってんのはオーウェンのほうだけで、ブルーはオーウェンがご主人様だなんて思ってないっしょ?

オーウェン、おまえ人間にしては なかなか話がわかる奴じゃ
的な、気に入った奴のため助太刀いたすってカンジ?

 猫タイプだよね?  誇り高い猫族は愛情にしか従わない。

数年前、カリフォルニアで、ジェレミー君(当時4歳)が わんこに噛まれてあわや、というとき、猫のタラが猛然と突進してきて、わんこ ぶっ倒した動画、(これはすぐみつかる。ネコ好きな人なら記憶に新しかろう。)
ブルーの戦いぶりはタラ姐さんにそっくりじゃ。
(念のため、検索ワード『猫 タラ 助ける』)





さらに続く
ごめん